紫香楽宮跡
しがらきのみやあと □滋賀県甲賀市




<忘れ去られていた、刹那の都。>
滋賀県甲賀市にある「紫香楽宮跡」は、奈良時代に聖武天皇が遷都した幻の都の跡地。わずか数ヶ月で廃都となった歴史を持ち、宮殿跡や甲賀寺跡が往時の面影を伝えます。のどかな信楽の風景とともに古代史ロマンを感じられるスポットです。本記事では、紫香楽宮跡の歴史や見どころ、アクセス、実際に訪れて分かったおすすめ情報を詳しく紹介します。
所要時間:30〜45分(散策)
忘れ去られていた、刹那の都。
奈良時代に都であった平城京で政争や疾病が続いた際、時の天皇である聖武天皇が行ったのは「遷都」でした。呪われた平城京を打ち捨て、まずは740年に京都府南部の「恭仁京」へ。さらに744年に大阪の「難波京」へ。それでもなお安泰を求めた聖武天皇が次の都として定めたのが「紫香楽宮」でした。それが745年。現在の滋賀県南部の山間、信楽焼で有名な甲賀市(旧信楽町)でした。その後は造営中に中止となり結局のところ「平城京に戻る」という結末だったのですが、今も信楽の地にその宮跡を見ることができます。

奈良時代に遷都を繰り返した聖武天皇が、なお安泰を求めて次の都として定めたのが「紫香楽宮」だった。
わずか数ヶ月、ここは日本の都だった。
紫香楽宮跡があるのは、恭仁京と同じような小さな盆地です。当初は恭仁京から街道で繋がる離宮として造営が始まりましたが、やがて正式に都として使われることに決定。745年に聖武天皇が移りましたが、その後紫香楽宮や周辺で家事や天災が相次ぎます。そしてわずか4ヶ月後、紫香楽宮はその役目を終え、都は平城京へ戻ったのです。
その後は荒廃し、紫香楽宮は歴史の中に埋もれていきました。やがて人々から忘れ去られ、どこに何があったのかさえ分からなくなってしまったのです。

紫香楽宮が都だったのは745年の4ヶ月のみだった。紫香楽宮はその役目を終え、都は平城京へ戻った。

恭仁京と同じような小さな盆地に位置する。

宮殿跡がある「宮町地区」。
昭和時代になり、ようやく調査が始められた。
昭和時代になってようやく本格的な調査が始まり、現在ではかなり解明されています。また同時に信楽地域の観光資源としての整備が進められています。エリアは広範囲で大きく5つの地区に分けられており、そのうち宮殿跡がある「宮町地区」と甲賀寺跡がある「内裏野地区」の2地区が大きな見どころになっています。
ちなみにかつては内裏野地区に宮殿などがあり紫香楽宮の中心だったと考えられてきましたが、近年の発掘調査などで宮町地区に宮殿があったことが分かったそうです。

「宮町地区」は昭和50年の田圃の改修工事の際に遺構が偶然発見されたことから、ここに宮殿があったことが分かった。
宮殿が建ち並んでいた、「宮町地区」。
まず訪ねたのは「宮町地区」。昭和50年の田圃の改修工事の際に遺構が偶然発見されたことから、ここに宮殿があったことが分かりました。忘れ去られた国の中心地はいつしか農地になっていたのです。今では田園の一部が宮殿の敷地を模した公園に再整備されています。正殿を中央に左右に西脇殿と東脇殿がコの字に配置されていたようです。その全てが再現されているのではありませんが、信楽の風光明媚な景色の中で歴史ロマンを今に伝えていました。

今ではのどかな田園風景が広がる一角に、宮殿の敷地を模した公園が再整備されている。

「西朝堂」の跡地には柱の位置が再現されている。

現地には少しばかりの説明パネルがあった。
大仏の造営が始められた、「甲賀寺跡」。
「内裏野地区」は先に述べたように、元は宮殿があったとされていた場所。小高い丘に建物の礎石が並んでおり、後の時代に神社も建てられました。しかし実際には甲賀寺という寺院の跡。甲賀寺は聖武天皇が出した「大仏建立の詔」に則り、行基によって大仏の造営が始められた寺でした。紫香楽宮の破却によって大仏は奈良の東大寺であらためて造られることになったのは、歴史の綾だったと言えるかもしれません。この「甲賀寺跡」については、詳しく別の記事でもご紹介します。

「内裏野地区」は元々宮殿があったとされていた場所。小高い丘の森の中に建物の礎石が並んでいる。

かつてここには「甲賀寺」の伽藍があった。

今では小さな神社が祀られている。
往時と同じ空気が流れている。
国の史跡に指定されている紫香楽宮跡では、宮町地区と内裏野地区の中間にあり神秘的な趣きがある新宮神社が鎮座する「新宮神社地区」、大規模な鋳造所跡が発見された「鍛冶屋敷地区」、大きな井戸が発掘された「北黄瀬地区」があります。それらは南北約2.5kmに渡って点在しており、はるか1300年も前にあった幻の都を彷彿とさせてくれます。
のどかな風景も魅力。現代の都会からは遠く離れたこの地だからこそ、往時と同じ空気が流れているようにも思えます。甲賀寺跡にいる時に遠くから聞こえた信楽高原鉄道の汽笛が、昂った旅情に拍車をかけるのでした。

紫香楽宮跡では旧跡が南北約2.5kmに渡って点在しており、はるか1300年も前にあった幻の都を彷彿とさせてくれる。
photo.
アクセスマップと交通アクセス
■公共交通機関でのアクセス ― 紫香楽宮跡
- 信楽高原鉄道/信楽線「紫香楽宮跡駅」:
- 下車徒歩約20分。
■車でのアクセス ― 紫香楽宮跡
- 新名神高速道路「信楽IC」より車で約10分。
- また、史跡公園(宮町遺跡等)は「紫香楽宮跡駅」から車で近く/徒歩時間が長めの場所もあり。
詳細情報
| 名称 | 紫香楽宮跡 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県甲賀市信楽町宮町1237 |
| 問い合わせ先 | 0748-69-2250 | 滋賀県甲賀市教育委員会事務局 歴史文化財課 |
| 休業日 | - |
| 料金 | - |
| 駐車場 | 無料駐車場 |
| 公式サイト | https://shigaraki-fun.com/shigarakigushi |
| wikipedia | https://ja.wikipedia.org/wiki/紫香楽宮跡 |
| 食べログ | |
| トリップアドバイザー | https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g1023574-d8149160-Reviews-Remains_of_Shigarakinomiya-Koka_Shiga_Prefecture_Kinki.html |
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情報更新日:2026年1月





